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舞台「オサエロ」感想

 

劇団空間演人「オサエロ」を両国Air studioで観てきた。

毎年同じ題目を、演者を変えて行っている、というのが知人の話で(ちゃんと調べてなくてあれだけど)、1日2〜3公演ごとにも演者が違うらしい。

 

応援している役者(松田浩毅さん)が出ているということで向かった両国の劇場は、かなり舞台と客席が近く、座ってみた感覚でもこれは臨場感が凄そうだと直感できた。

自由席ということでありがたく一番前に陣取って観たオサエロ、一言でいえばとても良かった。

 

 

 

以下、内容の詳細を含む感想

一回しか観ないとちょっと記憶が怪しい……

 

 

 

太平洋戦争末期の大日本帝國空軍下にある特攻隊に配属された青年たちとそれを見送る女学生(多分)の物語としては、割とスタンダードで「あれ、こういう話聞いたことあるな」と感じるものだった。

だからといってそれは悪い意味ではなく、むしろ全く別の文脈でこういう話を目にするということが、悲劇と称されるようなエピソードが戦時中には特に珍しくもなかったことの証左だとも考えられる。

 

幼馴染の2人と、2人を追ってきた女学生の青春が、戦争によって引き裂かれる話といえば簡略化しすぎだろうか。

エゴイスティックな感情を抑えきれず、両想いだとみられる親友に先んじて皆の前で夏子に告白してしまう主人公中原。

その場の流れでOKを貰うも、結局2人の姿を直視できずに彼女との最後の時間を親友に譲ろうとするが、出撃の時間が来て彼にとっての悲劇がそこで起きる。

 

話の流れはシンプルでも、登場人物たちの心情が揺れ動くさまが鮮やかで、それがこの劇の見せどころなのかな〜〜〜というのが端的な感想。

劇中で中原の性格を「ややこしい」(面倒くさいだっけ)と評するシーンがあったけれど、中原寄りの「ややこしい」性格の私としては、彼の行動や心情は察するに余りあるためか、余計にイラっときて、ああいいキャラクターだなあとひとり感心してしまった。

 

 戦争、という重い背景のなかでもメインの筋は恋と青春だった。

劇中では「戦時中だってみんな恋のことばかりだ」というようなセリフが尽くされたように感じたけれど、でも実際に恋をすることができたのは岡本(既婚)と柴田と、あとは昭代ちゃんだけだったんじゃないのかなと思う。

中原は自分が恋をしていると疑っていなかったようだけれど、結局彼の行動の根幹にあったのは”親友”浅井でしかなく、浅井との関係の延長として夏子に焦がれただけだった。というのは、夏子の指摘する通りだと感じた。

彼の嫉妬と焦燥は「浅井と夏子がくっついてしまう」ことであり、彼の絶望は「浅井と(そして仲間と)一緒に死ねない」ことにあり、彼の恥は「浅井に遅れをとり生き延びている」ことにあった。夏子はその目撃者でしかなかった。

「何のために突入するのか」という問いに間髪入れず「妹のため」と答えた稲島が見せた昭代への感情は、年若くして親も居ず妹の保護者であらねばならなかった少年兵の、妹を懐かしむような母を求めるようなそれだったようにも見えた。膝枕を要求するときの演技、めちゃくちゃに良かったああ、子どもなんだなと笑った後、やけに悲しくなった。

終演後に松田さんに聞いたところ、稲島は17歳だったそうで。

 

そうやって恋と憧れと郷愁の違いもはっきりしないまま、恋をしたと信じて僅かな青春を散らしていく様子が、それが本筋になくても感じられたのが、本公演の一番の見所だったように私は思う。戦争ってそういうことだよなあ。自分の持っている気持ちをちゃんと見つめることもできなくなるんだよなあ。という感じ。

 

 

 

そして最後に流れる実際の特攻隊の記録映像。

本物はすごい。というか、どんなに舞台上の演技が迫真でも、結局白黒で遠くから撮影された飛行機の爆破撃沈映像にはかなうわけがなくて、今まで舞台上で起きたことのリアリティを根こそぎ持っていかれるのに、劇中で記録映像を流したのはすごいと思った。

煙る空にちかちか光る線が走って、たったそれだけなのに嘘みたいに簡単に飛行機が炎上しながら落ちていく。あるものは空中で四散し、あるものは目標から遠く離れた海に突っ込んで燃える。

押さえろ、押さえろ、オサエロと叫び踏ん張っていた彼らは、あっけなく死ぬ。

機銃に撃たれ血しぶきに塗れた操縦席で、恐怖の絶叫をあげ、一矢も報いることができずに脳漿を撒き散らして死ぬ。

今まで見てきた人々のバックグラウンドは、リアルの映像で踏みにじられる。

 

話の内容よりもこの事実のほうに気が滅入った。

戦争ってそういうことだよなあ。その2とでもいうべきか。 

 

 

戦争のシステム的な可否や経済・理論的な話は置いておいて、話としてただただ気が滅入るというものが戦争ものとして正しいんじゃないかという自分の感覚としては、本当にオサエロは観てよかったと感じる作品だった。

当時を当時として消化できた夏子と、結局救われることのなかった(ように見える)中原の対比も中々しんどいものがあった。

とりあえず今回公演は今日が千秋楽だったけれど毎年やっているようなので、また機会があれば今度は違うメンバーでの再演を見てみたい。

 

 

 

 

あとは筋と関係なく雑感

 

・夏子の孫娘が中原の話の後に「おばあちゃんにそんなすごいとドラマがあったなんて」と無邪気に言うシーンがやけに刺さった。ドラマとしてしか捉えられない彼女という存在が、隊長の望んだ未来の日本人だとしても、やっぱり刺さる。

 

・冒頭の安保法案関連のニュース音声は、ここ2年で追加されたんだろうか…… それ以前はどんな演出だったのかちょっと気になった

 

・中原(老人)、めっちゃ暑そうだった。出だしから汗だくで、役作りのために着込んでいるのかな?と思ったけどとにかく暑そうだった

 

松田浩毅さん、絵本男子というサイトで読み聞かせの企画に参加しているためか、遺書の音読が一番聞き取りやすかった。笑

役作りでそういう喋り方なのかもしれないけれど、音読慣れしている感がすごい。

 

・スモーク?っぽいものがちょこちょこ出てるんだけど、わりと音が出るせいかすごく見てしまった。あれで宿舎の雰囲気が出るんだなあ

 

・上演前に流れていた自主制作っぽい映画が気になる。3分以上のドアップ長回し、パンクでした。